9/11~19「全国アクション」・9/19「原発にさようなら集会」東京・明治公園

◆◆◆原発にさようなら集会◆◆◆

日時……2011年9月19日 13:30~
場所……東京・明治公園
集会規模……5万人(集会後、パレードがあります) 

◆◆◆さようなら原発1000万人アクション◆◆◆

実行委員会では、9月11日~19日を「9月脱原発アクションウィーク」として、全国・全世界に全国アクションを呼びかけます。


 10 Million People’s Action to say Goodbye to Nuclear Power Plants

The executive Committee declares 11th to 19th September as “Fukushima Day” (provisional title), and calls for actions nationally and internationally.

Please share information about your own actions. (Submission form to be prepared)

55件のコメント

  1. 反原発の怒りを燃やし続けよう

    「日本は、はるか昔から天変地異の国であった。一瞬のうちに町々を壊滅される大地震。見渡すかぎりの沿岸の住民を押し流し、全滅させる大津波。広大な面積の耕作地帯を水中に呑み込む大洪水。ひろい地域を火山灰で埋め尽くす噴火。こうした相次ぐ大災難のために、この民族は諦めと忍耐のうちに暮らすことに慣らされてしまった。そして又、戦争のもたらす不幸のすべてをけなげに耐えることにも慣らされてしまった (小泉八雲「日本からの手紙」)。

     しかしながら、われわれは原発事故のもたらす不幸に耐えることに慣らされてはいない。諦めと忍耐だけでは悲しみは癒されず、不幸は必ずや繰り返されるだろうから。
    五万人を超す人また人の波で明治公園は覆われていた。七十年代の反原発の集会などと違って、あたりは中年や高齢の参加者がやけに目についたが、それは私が老齢のためかもしれない。それに三々五々誘い合って来たような女性たちや夫婦づれも少なからずいたようだ。
    とてつもない大群衆のはずなのに、集会は喧騒とはほど遠く、意外なほど穏やかだった印象がある。原発を推し進める勢力の壁がどんなに高くとも、私たちはどこまでも平らに広がることで立ち向かうでしょう。そう福島の女性が切々と訴えたときは静寂さえ感じた。会場には大いなる悲しみとともに静かな怒りがみなぎっていた。
    たしかに9.19は「終り」ではなく「結節点」であり「始め」である。
    電力、原発産業・政治家・官僚・財界・原子力学者・マスコミからなる原発利権体制はこれでひるむほどやわではない。着々と巻き返しを図っている。むしろこれからが「さよなら原発」の運動の正念場だと思う。一人ひとり,こころの怒りを静かに燃やし続けよう。「福島」の惨事を繰り返さないために、「脱・原発」を現実のものとするために。悠々と急ごうではないか。原発体制に打撃を与え、追い詰めるためには、われわれの経験と智恵を結集して、これまでとは異なった発想に立って、まったく斬新な、現実的にして効果的な方策を次々と編み出していくことが必要ではないだろうか。         
     
    放射能は福島の陸[おか]を汚染し、日本の海を汚染し、世界の空を汚染する。放射能は人のからだを蝕[むしば]み、原発は人のこころを腐らせる。       阿羅漢老人  船木 裕

  2. 9月19日の明治公園集会に参加しました。
    当日は下車した千駄ヶ谷駅のホームから         大変な数の人・人・々・々・・・・
    反原発のうねりを目の当たりにする思いだった。
    このうねりを何とかして、政治の場に生かしていかなければならないだろう。
    会場に到着して持参した日の丸を掲げた。
    以前なら、この時点で周りの人たちが寄ってたかって
    非難の集中砲火を浴びせられたものだ。
    今回もそれは覚悟していた。
    会場をみわたしても私のほかに日の丸は一本も無い。
    しかし、今回は会場で文句をつけるひとは一人もなし。
    それだけ、参加者の幅が広がったのかも知れない。
    集会では大江健三郎さんを始め主催者の挨拶があった。どなたの言葉にも真剣な思いがこめられて心を揺さぶられた。自分も脱原発のために出来ることは何でも
    してゆこうと改めて心に誓った。
    目先のカネに目がくらんだやつらの愚かな所業に
    怒りがこみ上げてくる。
    パレードに移って、わけも分からずにある平和団体の
    てい団にまぎれて歩いていた。
    そしたら、一人の男性が近づいてきて日の丸をたためと
    言ってきた。「やはりそう来たか」と思った。
    「他の参加者が気分を害するから」
    「ここは団体のてい団だから個人のコースへ行け」
    などと・・・
    私と言い争いになった。
    しかし、近くてそれを聞いていた一人の女性が
    「このおじさんの言うことのほうが正しいわよ」と
    味方してくれた。以前なら全く無かったことだ。
    やっぱり変わってきたのだ。
    脱原発の運動に特定ののイデオロギーでなければ参加させないというのはやめてもらいたい。           
    また脱原発以外のイッシューを持ち込むのもやめてもらいたいものだ。
    原発を止めようとする人ならどんな立場の人にもドアを
    開けて参加しやすい運動であってほしい。

  3. さて本日が集会。

    資本の大きな力による社会構造のなれのはての現実。

    まっとうな考えで 被災地もそうでない地域も
    ひとつになりましょう。

  4. 反原発集会にて日の丸が引きずりおろされた動画をみた。 ここは日本なのに。
    反原発なら誰でも来て良いはずなのに。
    なんか違和感を感じた。
    どんな人でも参加できる差別のない運営を望む。

  5. とりあえず、私ができることは何か。1000万人署名を一人ひとりに訴えて集めています。原子力村とそのちょうちん持ちのマスコミは無視するでしょう。だけど考えようによっては、それだけ権力が恐れているということですね。ウソで塗り固めたものはいつか必ず崩壊します。人間はいつまでもウソに耐えられないと思います。フクシマで毎日生活している人のことを考えれば原発廃止は当然のことですね。なにごとも一人からはじまると思います。

  6. ピンバック: 9月19日 | GAIA社長ブログ

  7. 東京新聞の9/16付け『こちら特報部』 デモ逮捕は見せしめ?の記事で 9/19日を知りました
    ネットで生中継されるかたいましたら教えてください>仕事しながら見ていたいのです

  8. 10日の所沢のデモの集合場所にいた。私は足が弱いので、歩くのはムリなのでカンパだけ届けに行った。チラシを受け取る人はまずいなかった。
    そばのベンチに座って見ていたが、カンパをしたいという人の行列ができるわけでもない。駅前なので人通りはひきをきらない。そこで判ったのは、原発を自分のことだと考えている人は「少数派」なのだということ。だからデモが必要なのだということ。「多数派」だったらこの暑いのにデモなどする必要はない・・・私の感想。

  9. 「長い人生にはなあ/どんなに避けようとしても/どうしても通らなければ/ならぬ道というものが/あるんだな」これは、栃木県足利市出身の書家で詩人の故・相田みつを(1924-1991)の「道」という作品の冒頭部分です。
    未曾有の被害をもたらした3.11東日本大震災は、私たち人間の力ではどうすることもできなかった、自然の驚異を見せつけられた瞬間ではなかったでしょうか?
    この大地震が「どうしても通らなければならぬ道」であったとするなら、果たしてフクシマでの原発事故は、その道の延長線上に位置するものなのでしょうか?原子力保安院や東電が云う「想定外だった」=だから仕方がない、で済まされるものだったのでしょうか?
    明日で大震災発生から半年。にもかかわらず、未だ収束に向かえずに、足踏みを続けざるを得ない事態は、人間が原子力を扱ってはならぬという天からの警鐘のように聞こえてなりません。
    ならば、その警鐘に応えよう!皆の叡智を結集して!今こそ原発STOP!私も賛同します。

  10. わたしは、原発が危険と知っています。しかし議論ばかり続けて行動を起こさないーなぜでしょうか?経済的合理性という、本当は自分の欲求でしかないものにとらわれて分ったつもりになっているだけです。カントははっきり指摘します。止めろと求める実践理性は、あなたの欲求に根ざしては不可能であると

  11. 希望はある! 9月8日のNHKローカルニュース
    茨城大学が東海第二原発の地元、東海村とひたちなか市で今年の6~8月に住民1320人から聞き取り調査をした。東海第二原発について
    廃炉すべきが32%となった。
    事故前には地元で「廃炉」などということはタブーだったことを考えるとかなりの意識変化だとおもう。事故前の調査では設問は違うが「安全対策に
    不安が多い」はわずか13%だったとのこと。
    因みに今日の朝日は全国版・茨城版ともにこの
    ニュースは完全に無視した。

  12. 9月19日は私も参加します。
    私はずっと、原発には反対でした。

  13. 私は約20年ほど前に反原発の運動に参加していた。しかし、どうにも我慢ならない経験から運動から身を引いた。それは、ある時、東京で反原発に集会とデモがあった。私はその時に日の丸の旗を持参した。集会が終わりデモに出発することになった。私は持参した日の丸を旗ざおに掲げたところ、その場の参加者たちから一斉に非難されたのだ。
    私は自分ではどちらかと言えば思想的には左がかっていると思う。日の丸はただ愛するこの国土を放射性物質に汚されたくないとの思いを表したかっただけだ。しかし、どうしても参加者たちは許してくれなかった。
    その場には地元水戸ので行動している仲間もいた。しかし、彼らも日の丸はダメだと言う。
    私はもう嫌気がさして、デモには参加せずに帰ってしまおうかとも思ったが、やはり原発反対の意思は
    表明すべきとおもい、泣く泣く日の丸をたたみ旗ざおだけを持ってでデモに参加した。
    地元に帰ってから、運動の機関紙上で、この問題で論争しあったが、私の意見で全く受け入れてもらえなかった。
    反原発の運動に参加する人たちは、個人の思想の自由を尊重するリベラルな人が多いと勝手に思っていたが違ったのだ。これでは、日の丸・君が代を無理強いする連中とどれだけ違うのか。矢印の向きが反対なだけじゃないか!
    また、原発を推進している利権集団はこの上なく強大なのだ。原発を止めるという点さえ共有できれば
    右翼であれ左翼であれどんな思想の人間も許容する度量がない。こんなことでは反原発の運動は広がらず先細りするだろうと思った。
    そんな訳で、私は運動に参加する前向きな気持がすっかり萎えてしまったのだ。
    私にとって日の丸は運動に参加する気持を湧き立たせるシンボルだったのだ。人は理屈だけで動くものではないことを知るべきだ。
    私が予測したとおり、反原発の運動はその後、いつの間にかすっかり静かになってしまった。
    そんな私も今回の事故では運動から離れてしまったことを後悔し、罪悪感も感じてしまう。
    事故を畏れながらも、余りにも深刻すぎるから現実感が追いつかず、心配しながらも「まさか」という気持もあった。
    私はもう69歳。仕事はリタイアしたが、長年の肉体労働でヒザを傷めている。今はデモに参加するのはかなりきつい。しかし、この国が心配でならない。事故以来毎日原発のことが頭から去らない。
    この俺にいったい何が出来るのか。何をすべきなのか。気持ばかりあせる毎日だ。
    マス・メディアはすっかり利権集団のゴキブリどもに買収されている。今はメールや電話でさかんにクレームをつけているが・・・。まるで一種のクレーマーだ。
    本当に、どうしたらいいのだろうか?
    とりあえず、19日の明治公園の集会には参加することにした。デモにも何とか参加したい。
    もちろん日の丸持参で。今度また日の丸を掲げるのを許さないようなら、また運動は先細りだ。

  14. 選挙の投票で自分の意思を政府に伝える、なんて、即効性はなく、まだるっこしいし、4年に一度では時代にそぐわない、遅いのです。
    日本人はもう、眼がさめてきました。「不満なら、パレードを!!!」。私もこれからは、態度で示すつもりです!!!。

  15. みなさんの意見、同じです。原発なんて、母親を苦しめるもの、やめたい!やめましょう!私は小学校3年、1年の子を持つ母親です。明治生まれの祖母に、子供のころ見てもらっていて、彼女の物を大切にする姿から、時代の大きな波を沢山くぐりぬけてきた、苦労と、強さと、・・いろんなものを感じました。母親は絶対に絶対に、子供を自分よりも早く死なせたくないのです。今日、東京のおもちゃ博物館にいってきました。世界中のおもちゃがあり、ほとんど手にとって遊べる、素敵な場所でした。3階のある部屋に、日本の地方の独特な形の雛人形が展示してありました。それも、もちろん手にとって見ることができます。
    木を削って、色を塗っってあったり、土でできているものもあったり、起き上がりこぼしになっていたり(これは張り子ですね)。人形の裏をみたら、どこの郷土のものかわかるかなあ。、。と思ってみたら、福島のお雛様とお内裏さまがありました。土地の人が、子供の為に、作ったのでしょう。私は、われにかえりました。福島には福島の人たちの生きざまがある。それぞれの、地域の、生活がだいじな人生がめちゃくちゃにされるんです。おなじじゃないんですよ。みんな。原発で、故郷を失われるということは、そこで生きた人の、礎、魂、。。を奪ってしまうんです。お願いです。そんな恐ろしいものを野放しにしないでください。私には難しいことはわかりません。でも、だいじなだいじな、子供たちの命を奪うことは、しないで!原発から、自然エネルギーへ。全身全霊を尽くして、転換していきましょう。

  16. 原発事故を苦に93歳自殺 「私はお墓にひなんします。ごめんなさい」
     (『毎日新聞』7・19「記者の目」南相馬市の老女の遺書から)
     私には「ボランティア」なるものにずっと抵抗があったが、「ある種の相互扶助のようなものなんです」と言われて、なるほど困ったときの「相身互い」なんだと腑に落ちた。 大災害を被った人々に先ず大切なのは「衣・食・住」であるが、やがてそれが「意・職・住」に変わるという。「なかでも僕が大切だと思うのは「意欲」。意欲をもってもらうために自分たちができることをするのがボランティアなんですよ」と田中康夫は書いているが、阪神大震災での自己体験を踏まえての、この発言は説得力がある。
                               (『宝島』2011.9)
    被災民の気持ちを本当に分かることはできない。でも、つらい立場を思いやることはできる。その苦しさは分かち合える。自分もいつ同じ境遇におちいるかもしれぬ。「相身互い」という言葉にはこんな庶民の悲しい智恵が込められているような気がする。  放射線の影響を受けやすい子どもや妊婦をその危険から守れ ! 低線量の内部被曝による後年発ガンの可能性も考慮に入れるべきだ。これらはとても大切なことである。そういう親御さんの気持ちもよく分かる。
     でも、だからといって、放射能が心配だから、ガンが不安だからと、放射線が(ほとんど)検出されなくとも、とにかく福島産の桃は食べない、東北産の魚は買わないという最近の一部の風潮はただごとではない。これは放射能パニックというより、福島・東北に対する「縁がちょ」ではないか。被災民たちの仕事への希望や生きようとする意欲の芽を摘むことになりはしまいか。 
     今、福島・宮城・岩手、そして東北の人々は地震・津波・放射能汚染の三重苦にあえいでいる。声にならない「福島県民の悲鳴」に耳を澄ますことがなにより求められている。
       藤の花 愁ひ含めり 福島の空       裕
     追伸  「放射能から遠く離れて?!」
    おや、M.Tさん。これからどちらへご旅行ですか? 沖縄へ?!
    なるほど、なによりお子さんの生命と健康が大事だから。「原発から遠く離れて」ですな。向うでは食べ物の汚染の心配もないと。それはそれは。私ですか。こちらは還暦過ぎですから、ここ東京にとどまって、福島産の野菜や東北の果物を、少々汚染されていようと、洗って食べていますよ。やみくもに「被災地産品を食べよう」というつもりではありません。私なりに少しでも被災地の人々を応援したいと思いましてね。
    ではまたいずれ。  阿羅漢老人  船木 裕 (ふなき ひろし)

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  20. 井上さんと阿羅漢老人船木裕さん(もちろん他の方)の意見に大賛成です。
    まず自分が述べたいことを3つ要約すると

    ①原子力ムラは日本の支配階層の1つに過ぎず、その他にも大勢の「ムラ」があり、日本社会を支配している、ということが
    今回の原発事故の「原子力ムラ」であったこと。
    そして、結局は民主党が掲げた「脱官僚政治」は絵に描いた餅で、官僚政治というのは官僚が官僚の為に官僚の都合の良い法律を考え
    それを手なづけた政治家連中を使って立法化するということ。
    ②その為、立法府(政治家連中)が変わり、政権が代わっても、官僚連中(システム)を変えないをどうしようもないということ。
    ③さらに、鎌田慧さん等が指摘されているように、今の政治状況は、シニシズムであり、独裁者が生まれやすい状況が非常に
    心配される、ということです。

    ①、②に関しては、デモの先にどうするか。1000万人集まれば力になる、と思う反面、霞が関の連中は、時が過ぎれば騒いでいる連中も
    大人しくなるさ、と見通しているような気もすますし、自分に影響がなければ気にすることないさ、とタカをくくっているような気がします
    (自分が同じ立場だったらきっとそう思うだろうと思うので)。
    原発推進連中は、自らの利益だけ(日本の将来や子供たちのことなどお構いなしに)の為に、真綿で首を絞めるように、ジリジリ反撃に出ています。
    もちろん1000万人デモとかをやって世論を動かし、政治家を動かす必要があるかと思います。
    ただ、政治家は選挙の時だけ地盤の目を気にすること、を考えると、確かに今までとは別の方法論でこちらも対応しないと
    今までと変わらない結果になる危険も十分秘めています。
    不遜なことを言えば、今回の原発事故が、改憲前に起こってまだ救われたことです(自分は護憲派です)。
    仮に改憲されていれば、デモはおろか、言論も今以上に規制されてしまったと思います。

    冒頭で井上さんが提唱された
    「脱原発市民連合として 公に 積極的に応援する 投票する形で 全ての政党 立候補者に対して 踏み絵を 渡す」
    方法は、妙案の1つだと思います。この件に関しては、一旦③の後に述べます。

    ③に関しては、現実味を帯びてきています。
    大阪の橋下がヒットラーと同じ手法で対抗してきています。11月の大阪市長選が重要な分岐点になるそうです。
    ただ、自分は仮に「一時的に良心的な」独裁者が出てきてくれたら、それはそれで良いような気もしますが、甘いですかね。
    菅の例を出すまでもなく、権力は一度手に入れると、手放したくなくなるみたいなんで。
    自分としては、日本にも「緑の党」のような環境政党を作って、この政治空白状況で一挙に議席を獲得するのを狙うのも手ではないか
    と思っています。

    • ~誤記訂正~
      5行目
      >今回の原発事故の「原子力ムラ」であったこと。
      ⇒今回の原発事故の「原子力ムラ」でわかったこと。
      9行目
      >官僚連中(システム)を変えないを
      ⇒官僚連中(システム)を変えないと

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