さようなら原発1000万人アクション

現在の署名数:  2016/09/02 集計 8583244 人分 (1000万人まで続けます)

さようなら原発

2016年9月27日

「さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会」報告②

 第二部は、時間を早めて13時20分に、菱山南帆子さん(許すな!憲法改悪 市民連絡会)さんの司会で元気にスタートしました。

主催者あいさつでは、澤地久枝さん(呼びかけ人・作家)が、雨の中、大勢が集まってくださったことへの感謝を述べ、運動は原発政策を追い詰めている、と語りました。
 政府はもんじゅをやめると共に、原発をやめるという勇気をなぜ持たないのか、汚染水は止まらず、故郷を奪われた人はかつての生活に戻れない。その上、福島原発事故の責任が電気料金の形で市民に負わされようとしている。子どもの病気、原発作業員の病気も多い。作業員の賃金は下請け構造でピンハネ、不払い。原発事故で金もうけをするのはバチ当たりだ、と、原発政策の破綻ぶりを指摘。原発をなくすまで、最後までがんばっていきたい、と決意を述べました。

dsc_0427

 福島原発告訴団長の武藤類子さん(ひだんれん共同代表)は、「被災者を見捨てるな」「被災者の声を聴け」のむしろ旗を掲げた被災者と共に登壇。
 国内の原発は少しずつ追い詰められている、一人ひとりがこつこつと本当によくやってきた。あと一息をみんなでがんばろう、とまずお互いの努力をねぎらい、そして、落ち着いた声で被災者の現状を訴えました。
 困難はいまだ続き、新たな困難が生じるなか、喫緊の課題は、避難解除による賠償や、住宅支援の打ち切りの問題。家を奪われるのは非情なことで、国や福島県は、県外の自力避難者であっても県内在住の避難者も、どちらも救済を続けるべきだと述べました。「理不尽な原発事故で福島に帰れなくしたのは誰なのか、と私たちは問いたいです」
 子どもの甲状腺がん・その疑いは、今月の県民健康調査の報告で174人。支援のため、3・11甲状腺がん子ども基金を立ち上げた。既存の制度がないなか、民間で行う。被曝を避けるための保養も、本来国が制度化すべきだが、これらのことにも取り組んでいきたい、と、強いられた闘いの中で、一人ひとりを大切にし支えあっている状況の報告とそれへの支援を呼びかけました。

dsc_0432

 詩人のアーサー・ビナードさんは、「あいにくの天気」という言葉が今日は何度も出ているが、雨の日の方が福島で起きていることを実感できるのではないか、と語り始めました。この1週間降り続いた雨で、地下水は地上に達し、「地上水」となっている。この毒水が海に流れるのをどうするのか。
 東京電力が進めるのが、凍土方式による遮水壁。亜熱帯の日本で、永久凍土を、電力を使ってつくるという。税金を投入しても、凍らない凍土壁。このまま続くと、新しい日本語ができるのではないか、「凍土のつまり」(トドノツマリ)――と、会場を笑わせました。
 また東京電力は、東京電力ホールディングスと社名を変えたが、ふさわしい名前だ、とビナードさん。名前に「ホール(穴)」があるとおり、福島第一原発の1号機から4号機に穴をあけ、国家予算に穴をあけている。
 核の平和利用は、実は電力のためではなく、核武装のため。広島訪問では意味のあることを言わなかったオバマ大統領だが、アメリカに帰っての核の先制不使用を言った。その動きに安倍政権はそんな約束をするな、と言っている。先に核兵器を使用するとは、日本が世界で最も卑怯な国に成り下がった瞬間だった。黙ってこの政権を続けさせれば、私たちも卑怯な連中になる。卑怯な原子力政策に終止符を打つためにがんばっていこう、と呼びかけました。

dsc_0440

 木内みどりさんは、呼びかけ人で参加できなかった落合恵子さんからの力強いメッセージ文を読みあげてくれました。
 5兆円を超える防衛費、武器の輸出、沖縄への暴挙、漏れ続ける汚染水、9万人を超える避難者……。「私たち一人ひとりは、国の歯車ではありません。私たち一人ひとりは、国の所有物ではありません。私たち一人ひとりは、あくまでも尊厳ある独立した存在であり、まぎれもない主権者です。その暴挙に打ち勝ってこそ、この屈辱を跳ね返してこそ、私たち自身と私たちに連なるすべてのいのちと、私たちの民主主義は、深呼吸の時を迎えるのです」と、落合さん。
 木内さんは、「何をやっても変わらない、むしろ悪くなる」と悩むこともあるけれど、悩むのはやめた、次の一歩を踏み出せばいいのだ、と。そして、キューバで100万人が集まったという革命広場を見てきたが、国を変えたいという人が大勢集まり革命を成功させた。日本にも原発をとめたい人は大勢いる。それらの人々と一緒にがんばっていきたい、と決意を述べました。

dsc_0446

 高校生1万人署名運動の布川仁美さん(高校平和大使)は、この活動を通じて、「知ること」「想像すること」の大切さを学んだと話してくれました。
 平和大使になり改めて長崎を訪問し、原爆は人の体だけでなく、心も奪い去った、助け合うという人間本来の心すらも失わせたと知り、胸が苦しくなった。また、原爆・戦争の悲惨さと正面から向き合い想像することで、いまここにある日常の些細な幸せを深く感じることができた。自分は微力な存在だが、知ることができる、想像することができる、後世へ伝えることができる。同世代の仲間とともに、核兵器の廃絶と平和な世界の実現のためにがんばっていきたい、と結びました。

 福井の宮下正一さん(原子力発電に反対する福井県民会議事務局長)からは、廃炉の方向が示された高速増殖炉のもんじゅの、事故や点検漏れなどの歴史と現在の報告がありました。
 もんじゅは「悪魔の原子炉」。原子炉にあるのは毒性の非常に強いプルトニウム239。冷却には金属ナトリウムを使っているが、空気にふれると燃え、水につかると爆発する。配管は細くて長く、地震で損傷する可能性が大いにある。ひとたび事故がおこれば、大爆発がおき、福井どころか、日本の半分が人が帰れない地域になってしまう。人が大量被ばくし、逃げ切れない。もんじゅを運転させてはならない、と訴えました。

  協力団体の「止めよう!辺野古埋め立て」国会包囲行動実行委員会から、木村辰彦さん(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)が発言。
 辺野古新基地建設、高江のヘリバッド建設に反対する市民を、国家があらゆる権力を使って押しつぶそうとしていると告発。本土の機動隊と沖縄県警が1000名体制で高江を制圧。まるで戒厳令下のように、住民道路を封鎖、市民を暴力で傷つけ、不当逮捕を行っている、と現状を訴えました。
 また、先日自衛隊のヘリコプターがヘリパッド建設の重機輸送を行ったが、自衛隊に基地建設をさせる法律はなく、政府が作りたがっている緊急事態法が高江では先取りされてしまっている、と指摘。また、沖縄県知事の埋め立て承認の取り消しを国が訴えた裁判の、9月16日の高裁判決は、三権分立も何もなく司法が国を追認、地方自治を軽視し国に従わせる、まったくの不当判決だ、と批判しました。
 20年間沖縄県民は闘い続けている、闘いは全国に広がっている、沖縄と本土の市民が力を合わせれば、必ず新基地建設を止めることができる、と連帯を強く呼びかけました。

 もう一つの協力団体、戦争をさせない・9条壊すな!総がかり実行委員会からは、福山真劫さんが発言。
 世論の圧倒的多数が違憲だと反対する安保法案が強行採決されて1年。私たちはその後も闘い続けてきた。いま、戦争法の具体化として南スーダンへの派兵が進められている。南スーダンは内戦状態。憲法違反の戦争法を根拠にした自衛隊の派兵を許すわけにはいかない、と強く訴えました。
 強行採決されて1周年となる9月19日の国会包囲行動には、2万3000人が駆けつけ、全国300カ所以上で行動があった。戦争法廃止の署名は1400万を超えている。われわれ市民が求めているのは平和なのだ!と心からの叫びが響き渡りました。
 体をはって闘っている沖縄の人々に対し、総がかり行動実行委員会も闘争団を派遣し、東京でも闘う、また10月6日から「沖縄県民の民意尊重と基地の撤回を求める全国統一署名」を展開する、と行動計画を紹介。本土での闘いをもっと強め、市民が連帯して、横につながってがんばれば絶対に勝てる、と呼びかけました。

dsc_0467
 
 最後の閉会あいさつは、呼びかけ人の鎌田慧さん。
 今日は画期的な集会だった。もんじゅの廃炉の方針を受けての初めての集会で、私たちは今後一つひとつの原発の再稼働を止め、再処理工場を止め、廃炉に向かっていく。今日9月22日はその出発点だ、と宣言。
 もんじゅは1兆円も金を無駄にしてようやく廃止が決まった、これは原発政策の曲がり角、あるいは転換、あるいは転落、あるいは絶滅の始まりだ。原子力船むつはすでに廃船になっている。もんじゅが続き、次は六ヶ所村の再処理工場だ、と気合を入れました。
開拓農民を追い出して建設した六ヶ所村再処理工場は、すでに12兆円を投入、30年経っても稼働できず、試運転が22回も中止されている。しかし政府が諦めないのは、核武装の能力を作るのが最後の狙いだからだ、と喝破。しかし、私たちはもんじゅをつぶし、再処理工場をつぶし、日本の核武装を阻止していく、今日はそういう決意を込めた集会であり、戦争に反対し、原発再稼働に反対し、沖縄の基地に反対し、苦難のうちにある福島の生活をどう守っていくかを考えていく集会である、と述べました。
東電の株、復興事業企業の株を買いこんでいる今村雅弘復興大臣。防衛関連企業の株を買い占めている稲田防衛大臣。戦争をやればもうかる、こんな不道徳があるか、と鎌田さんは憤りをあらわに。原発事故の補償金、廃炉費用を、新電力に負担させる政府方針が出されたが、電力会社は事故を起こしても勝手放題で、責任をとらない、われわれは安倍政権になめられている。
安倍は自民党の党則を変えて3期やろうとしているが、これは独裁者のやること。オリンピックもやり、憲法も変える、そのために任期を延ばす姑息な手段だと指摘しました。
今日はデモ行進はやらないが、雨の日に闘い抜いた記憶を胸に刻み、今後にエネルギーを蓄えてください。みなさん、がんばろう!と激励し、集会は終了しました。

2016年9月27日

「さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会」報告①

 9月22日(木・祝)、代々木公園で、「さようなら原発 さようなら戦争 大集会」が開催されました。降りしきる雨のなかでしたが、9500人もの方が集い、原発を止め、戦争を止める決意を新たにしました。

 12時からの第一部では、原発事故被災者の現状を、4名の方がお話しされました。司会は松村真澄さん(ピースボート)。

 まず、福島県飯舘村の酪農家・長谷川健一さん(原発事故被害者団体連絡会共同代表、原発被害糾弾・飯舘村民救済申立団団長)のお話。
 事故前は8人家族、牛を50頭ほど飼っていた。孫の姿を見ながらの穏やかな生活が、原発事故で一変。家族はバラバラに避難生活を送り、二度と元の生活はできない、とかけがえのないものを失った深い悲しみを語りました。
 来年3月末での飯舘村の避難指示解除を国は決めたが、飯舘村の現状がいかに悲惨か。汚染土を詰めた黒いフレコンバッグが、7月現在180万個、そして1カ月に10万個くらいのペースで増え続ける。農家が多い地域であり、生産しても売れないであろう農産物の差額補償など、政府は対策を講じるべき。避難解除をするにあたって、政府からは何の確約も保証もなく、「自己責任で帰れ」ということか、と怒りを滲ませました。

dsc_0396

 蛇石郁子さん(郡山市議会議員)は、原発事故から5年半が経ったが、被害者は苦悩の日々を送っている。加害者が誰も責任をとらず、大きな顔をしてのさばっているからだ、と、被害者をなおざりにした復興事業と利権の実態を批判しました。
 また、放射性物質の指定廃棄物の基準が、事故後は8000ベクレル/kgへと80倍も緩められ、本来なら厳重に管理しなければならない指定廃棄物が、安易な焼却、焼却灰のセメント利用、不法投棄などで汚染が拡大している問題の重大性を訴えました。
 郡山市の例では、下水処理施設から出た、放射性物質を含む汚泥の仮設焼却炉の建設・解体が市内各地で繰り返されており、しかも利権がらみの過大な見積もりがなされるなど、情報公開・住民説明を軽視する非民主的方法で事態が進行していると報告しました。
 地震、津波、大型台風が近年日本列島を襲っており、国の方針は安易で無責任。汚染土壌を公共事業で使用しないよう、全国のどの地域でも働きかけてほしい、と訴えました。

dsc_0405

 中手聖一さん(避難の権利を求める全国避難者の会共同代表)は、避難者の苦悩や、特に母子で自主避難をしている人たちが経済的に困窮している状況を報告。2017年3月には自主避難者への住宅支援が打ち切られるが、「いまこの国がやろうとしていることは、帰還して被曝を受け入れるか、貧困に陥るか、その選択を私たちに押しつけている」と批判しました。
 住宅支援は、1年1年の延長で、避難者は将来の生活設計などできないまま暮らしてきた。本来は「住宅支援」ではなく、「住宅補償」であるべきだ、と主張。避難指示解除により「強制避難者」も「自主避難」にされようとしている、しかし私たちには避難の権利がある、必要な補償を受けられねばならないのだ、と訴えました。

 長田秀樹さん(北海道平和運動フォーラム)は、北海道には原発に関し三つの課題がある。一つは泊原発の再稼働問題、二つ目は幌延の高レベル核廃棄物の地層処分研究施設の問題、三つ目は、津軽海峡をはさんで23キロ先にある青森県の大間原発の問題だ、として、このうち泊原発、幌延についてお話をされました。
 泊原発では原子力規制委員会に再稼働申請する際、一番新しい3号機のデータを、1・2号機にも流用するインチキをやった。3号機だけは動かしたいようだが活断層の存在も指摘され、審査は長期化している。しかし予断を許さず、何とか再稼働を阻止したい、と述べました。
 また、幌延の高レベル核廃棄物の問題は、1984年、動燃が「貯蔵工学センター」を計画したが、反対運動により頓挫。しかし、「地層処分研究」に名目を変え、2001年から動き出した。核廃棄物は持ち込まない、期限は20年程度、などの取り決めはあるが、北海道民はここが最終処分場になってしまわないか危惧している。10万年後まで影響が心配されるなど、将来世代に責任を負えないことはしてはならない、これ以上核のゴミを増やしてはならない、と訴えました。

dsc_0409

 第一部のしめくくりのライブは「寿」。沖縄民謡や「前を向いて歩こう」など、のびやかな歌声が、公園内に響き渡りました。

dsc_0422

2016年7月28日

さようなら原発 さようなら戦争 9・22大集会

・日時
2016年9月22日(木、秋分の日)
・場所
代々木公園B地区・けやき並木(JR山手線「原宿駅」、東京メトロ千代田線「明治神宮前駅」
千代田線「代々木公園駅」、小田急線「代々木八幡駅」下車)

11:00 ブース開店(けやき並木)
12:00 第1部 トーク&ライブ(野外ステージ)
音楽:寿  報告:福島の現状と課題
13:30 第2部 トーク(野外ステージ)
呼びかけ人あいさつ:鎌田慧(ルポライター)、澤地久枝(作家)
発言:アーサー・ビナード(詩人)、木内みどり(俳優)
福島から 協力団体から
15:00 デモ出発
渋谷方面コース:代々木公園~渋谷駅~神宮通公園
原宿・青山方面コース:代々木公園~原宿~表参道~(青山通り)~明治公園周辺

9・22大集会ビラ表面はこちら

2016年3月27日

「原発のない未来へ!3.26全国大集会」に3万5000人集まる!

 福島原発事故から5年が経過し、チェルノブイリ事故から30年を迎える中、安倍政権は原発推進政策を打ちだし、各地で原発再稼働を強行しようとしています。これに対し、「つながろう福島!守ろういのち!」をスローガンに、3月26日に東京・代々木公園で「原発のない未来へ!3.26全国大集会」が開かれ、3万5000人が集まり、憲法や沖縄基地問題などでも民意を無視し暴走する安倍政権にNO!を突き付けました。
 午後1時から開催された集会は、女優の木内みどりさんが司会を務め、主催4団体を代表し、Misao Redwolfさん(首都圏反原発連合)があいさつを行った後、ルポライターの鎌田慧さんと作家の澤地久枝さん(ともに「さようなら原発1000万署名」呼びかけ人)が、原発と戦争を進めようとする安倍政権との対決を呼びかけました。
 福島現地から「福島原発告訴団」副団長の佐藤和良さんが「放射能汚染の不安を抱える被災者を政府は強制的に帰還させ、賠償を打ち切ろうとしている。ともに立ち上がってほしい」と訴えました。また、チェルノブイリ原発事故について、ベラルーシから来日したジャンナ・フィロメンコさんが「事故当時、政府は危険を知らせず、被災を拡大した。被災者の権利を守る運動を進めてきた。この危険はすべての原発で起こるものだ」と、連帯を呼びかけました。
 愛媛県の伊方原発の再稼働が迫る中、原水禁愛媛県協議会の中村嘉孝事務局長が「いま県民の3分の2が再稼働に反対している。かつてなかったことだ。脱原発に向け、4月23日に大集会を開く」と力強く発言。さらに、元東海村村長で脱原発首長会議世話人の村上達也さんも「茨城の東海原発を動かしてはならない。首都圏で原発を止めることが大切だ」と強調しました。
 さらに、福井のもんじゅについて、原発反対福井県民会議の宮下正一さんが「先日、大津地裁で稼働差し止め判決が出され、高浜原発は停止した。もんじゅは爆発したら日本の半分に人が住めなくなるほど危険だ。何としても廃炉へ」と声をあげました。一方、4月からの電力自由化について、国際環境NGO[FoE Japan]の吉田明子さんが「東京電力など原発を進めるこれまでの電力会社の電気はやめ、再生可能エネルギーを選ぶ人を多くしよう」と呼びかけました。
 今回の集会に協力した「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」から、福山真劫さん(平和フォーラム共同代表)が立ち、「安倍政権は原発再稼働とともに、戦争法、沖縄の基地建設を進めている。断じて許せない。5月3日に大集会を開き、さらに6月に国会包囲などの運動を積み重ね、参院選に勝利しよう」と訴えました。
 沖縄・辺野古新基地建設について、高里鈴代さん(「基地・軍隊を許さない女たちの会」共同代表)が「裁判所の和解勧告で工事は一時的に止まっているが、政府はまだ方針を変えておらず、現地は緊張の中、座り込みを続けている。もう沈黙はしない」と決意を表明。さらに、運動の中心を担う沖縄平和運動センターの山城博治議長も駆けつけ、「ファシズムに対抗するために団結をしよう」と呼びかけ、自ら作詞した「いまこそ立ち上がれ」を熱唱すると、壇上の発言者全員がスクラムを組み唱和しました。
 ステージの最後に、3月12日の福島県民集会が開かれた郡山市を起点に、2週間にわたり関東一円でフクシマ連帯キャラバンを続けてきた10数人が登壇し、盛んな声援を受けました。会場に集まった参加者は最後に「つながろう福島!」「原発のない未来へ!」と書かれたプラカードを一斉に掲げてアピールしました。
 メインステージに先立ち、第2ステージでは「つながろう福島」をテーマに、福島原発作業労働者や畜産農家、福島原発訴訟団や避難者の会などの代表が、それぞれの実態などを報告しました。
 第3ステージは「基地も戦争もいらない」をテーマに、憲法・戦争法、沖縄基地問題についての訴えのほか、インドやトルコから来日した反核、反原発運動を進める団体からも報告が行われました。
 集会後、渋谷駅周辺、原宿・青山方面、新宿方面の3コースに分かれてデモ行進が行われ、参加者は工夫を凝らしたプラカードや横断幕などを手に、「原発再稼働反対!」「安倍政権を許さない!」などとシュプレヒコールをあげてアピールしました。

2016年3月23日

原発のない福島を!県民大集会

 福島原発事故から5年が経過した2016年3月12日、福島県郡山市の開成山陸上競技場で「2016原発のない福島を!県民大集会」が開かれ、全国から6000人の参加者が集まりました。同日、午前中にはシンポジウム「原発災害から5年 福島の歩み、そして未来」も行われ、「記憶の風化」が進んでいるといわれる福島原発事故が、今なお福島県内で暮らす人々にとって日々の現実であることが議論されました。
「様々な理由で福島に戻れない人たちがいる、その原因が原発事故である」という開会のあいさつから始まった県民大集会では、集会前日に、福井県の高浜原発再稼働に対し大津地裁が「再稼働差し止め」の判決を出したこともあり、福島第二原発の廃炉を求めるとともに、鹿児島県の川内原発も即時停止を求めるように強く訴えていこうとの声を上げる発言に、会場の参加者も気持ちを新たにしました(下写真はプラカードを掲げてアピールする参加者)。
 特別ゲストの鎌田慧さん(さようなら原発1000万署名呼びかけ人)は、足尾銅山鉱毒農民を例に挙げ、集会後に郡山を起点に3月26日の「原発のない未来へ!全国大集会」へ合流するキャラバン行動にエールを送りました。「謝れ、償え、補償せよ」を掲げて行動するハイロアクション福島の武藤類子さん。被害回復、二度と被害を起さないために活動する津島被害者原告団(浪江町)の今野秀則さん。大熊町で生まれ育ち避難生活について語った愛場学さん。福島に住んでいるからこそ伝えられることがあるという高校生平和大使の鈴木愛望さん。「高浜原発に続いて再稼働を止めよう」とストップ川内原発!鹿児島県実行委員会の向原祥隆さんらが、原発事故から6年目の福島の地で、脱原発への思いを訴えました。
 集会後は、市内をデモ行進し、プラカードや横断幕を手に参加者がシュプレヒコールをあげました。

2016年3月22日

キャラバン8日、9日目 埼玉から東京へ

●8日(19日土曜)
 12時から1時間、熊谷駅前で宣伝行動とビラ配り。その後、埼玉県東松山の丸木美術館に見学に行きました。丸木美術館は1945年8月に広島に投下された原爆によって逃げ惑う人々や惨劇を描いた作品を展示しています。すごくリアルに描かれているので、その当時の広島がどのような状況だったのかがよく理解できました。
 その後、川越駅に移動し、宣伝とビラ配り、署名活動をしました。土曜日の夕方という事もあり大勢の人たちにビラを渡したり、署名を書いてもらうことができました。
 連帯キャラバンがスタートしてちょうど一週間。通しで参加しているメンバーにも疲れがあるかなと思っていましたが、そんなことは感じさせず、みんな生き生きとした顔をしていたので安心しました。残り一週間身体に気を付けて共に頑張りましょう。

●9日目(20日日曜)
 午前中は東京の夢の島にある第五福竜丸資料館で、アメリカのビキニ環礁で行った水爆実験でマグロ漁船の船員が被爆した事実を学びました。この水爆実験に抗議する運動が後に原水禁運動につながったと館長から説明がありました。
 その後、日本橋兜町の坂本町公園から日比谷公園まで37人でデモ行進を実施。さらに、午後からは渋谷の宮下公園周辺で脱原発1000万人署名を取り組みました。そして、夕方からは渋谷を一回りするデモ行進を行いました。
 今日は二回のデモや宣伝で、キャラバン隊員もやや疲れが見え隠れした1日となりました。明日からは神奈川県に入ります。

2016年3月22日

キャラバン6日、7日目 栃木から群馬へ

●6日目(17日木曜)>
 朝から栃木県内佐野市とその周辺において「足尾鉱毒事件と田中正造フィールドワーク」に参加しました。

 最初は鉱毒事務所のある館林市の雲龍寺を訪れ、周辺の当時と今の環境の違いと事件の経緯について説明があり、今まで知らなかった内容が多くありました。なかでも、農民と警官隊との衝突があったという事実に驚かされ、これが単なる公害ではないことを思い知らされました。
 次に行った渡良瀬湧水池では旧谷中村の跡地を見学し、当時の状況と事件の影響によりその地を追い出された人々の思いが伝わってきました。ここではかつて多くの農民が暮らし、作物を育て、そしていろんな産業が栄えましたが、政府の一方的な強制退去により各地へ移住することになったと知り、今の福島での原発事故で故郷を追われた人々と同じような境遇だと感じました。
 その後、宇都宮市へ移動し、栃木県総合文化センターサブホールにおいて「原発のない未来へ! フクシマキャラバン栃木県大会&パレード」に参加。会場に集まった約250人の前で、視察報告、キャラバン隊の紹介、決意文朗読などを行い、多くの激励を受けました。最後に市内を約1kmほどデモ行進して終了しました。

●7日目(18日金曜)
10時 ~太田地区労と交流(キャラバン隊の活動報告)
10時半~東武太田駅前、街宣活動、署名活動
12時半~昭和電気鋳鋼労組表敬訪問(委員長より春闘に対して賃上げ2万円要求などの報告)
13時半~県立群馬の森公園(朝鮮人強制連行追悼碑)

15時~高崎駅前、街宣活動、署名活動
16時半~自治労群馬県本部表敬訪問(キャラバン隊の活動報告)
17時 ~前橋駅前、街宣活動、署名活動
18時~群馬県教組表敬訪問(キャラバン隊の活動報告)
18時半~群馬県集会(キャラバン隊の活動報告)

Highslide for Wordpress Plugin